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母ちゃんが泣いた日 3/6

3/6



こうしてとまとは、母公認で、学校に行かなくても良くなりました。
「さ、明日から、何しよっかなぁ。お昼には毎日『笑ってる場合ですよ』が見られる、ラッキ~♪」
と、思っていたとまとに、母が言いました。
「とまと、私は、学校に行かんでええ、とは言うたけど、勉強せんでもええ、言うた覚えはないからな。」
「え゛っ?」
「学校に行かんでも、勉強はできるやろう?」
「いや、まあ、その…」
「学校に行きたくない、言うたんはお前や。行きたくないんやったら、行かんでええ。その代り、いつかお前が、自分の意志で、学校に行きたいと思った時、休んでたから勉強が分からへんなんて、そんな、みっともないことは、言うなよ。」
「あの、えっと……」
「1対1でケンカもできんような、ヘタレな連中に負けても恥やないけど、自分に負けるのは、許さへんで!」
「……」
「学校みたいに、親切に教えてくれる人がおらへん分、これからは、自分でしっかり勉強しいや!」
「はぁい。」
これでは、学校に行く方が、楽だったかもしれないと、とまとは思いました。

母子家庭で、母は障がい者。
とまとが、イジメを受けるのは、これが初めてではありませんでした。
小学校に入学した翌日から、心無い言葉を浴びせられました。
男の子からも、女の子からも。
お陰で、低学年の間は、毎日誰かとケンカをしていました。
小学校4年生になって、身長がクラスで二番目に高くなるまで、小競り合いは続きました。
もっとも、イジメられなくなった原因が、身長のお蔭だったのか、みんなが大人になったからだったのかは、謎ですが。

5年生の時の担任の先生は、とても厳しい先生だったので、クラスでもめごとなど、ほとんど起きませんでした。
何しろ、まだ体罰が禁止されていなかった時代です。
先生に反抗的な態度をとれば、男子も女子も関係なく、ビンタを喰らいました。
でも、今思い出すと、その先生が、一番優しい先生だった気がします。
何回も何回もビンタされた覚えがあるのに、それが痛かったとか、怖かったと言う記憶はなくて、先生の手が大きくて温かかったことの方を覚えています。
始めてビンタをされた日は、さすがに驚いて、帰宅後母に訴えました。
すると、
「お前が悪い事せえへんかったら、先生はビンタせえへんのやうろ?」
と、聞き返されました。
「う、うん。」
「ほんなら、先生がビンタせんでもええように、言うこと聞いて、エエ子にしとき。ビンタしたら、先生も、手が痛いんやで。気の毒やんか。」
とまとは、反論できませんでした。
それどころか、家庭訪問で先生が来た時には、
「家には父親がいませんから、この子は打たれた経験がないんです。甘ったれたマネしたら、遠慮なくしばいてやってください。」
と、母から先生にお願いしたのです。
先生は、母に
「任せて下さい。」
と、約束し、そして一年間、本当に遠慮なく、ビンタをお見舞いしてくれました。
でもやっぱり、今でもあの先生が、一番好きです。

6年生になった時。
担任の先生は女性に変わりました。
この先生も、厳しい先生でした。
ただ、打つのは平手ではなく、小太鼓のバチや、黒板に線を書くときに使う、1mの物差しを使ってでした。
男性の先生のように、手が丈夫じゃないから…と言っていました。
しかし、打たれる子供にとっては、打てば先生も同じように痛い思いをする平手なのか、自分達だけが痛い思いをする道具を使ってなのか。
この違いは、大きなものでした。

また、6年生になる直前、学校の近くに、新しい市営住宅が建ち、そこから、一学年に10人くらいずつ、転校生が来ました。
100人の中に10人が加わったのではありません。
30人くらいしかいないところに10人が加わったのです。
一つしかなかったクラスが二つに分けられ、しかも、それをグループ分けしたら、同じグループの中に必ず一人は、知らない子が混ざっているのです。
知らない子と積極的に仲良くしようとする子、新しい環境に馴染めない子、保守的になる子、ライバル心を燃やす子。
反応は様々でした。
教室の空気は、ギクシャク・チクチク。
些細なことで、言い合いになることが、増えました。

こうして今、30年以上前のことを、冷静に思い出して見ると、イジメが起こる兆候が、事前にいくつもあったことが、良く分かります。
あの時は、ある日突然、不幸に見舞われたような気がしましたが、そうではありません。
イジメは決して、突然始まるものではないのです。

つづく

グルメ&スイーツ

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コメントの投稿

非公開コメント

毎日かかさず読ませてもらっています。昔イジメにあっていた時の事を思い出します。

とまとさん、こんにちは。
初めてコメントさせていただきます。

お母様、本当にスゴイ方ですね(いろんな意味で)
やっぱり母親って偉大だなぁと思います。
続き、楽しみにしていますね。

ポチしていきます。

とまとさん、はじめまして。
とまとさんのお母様は、芯の強い、とても素晴らしいお母様ですね。
私も昔いじめられていた時のことを思い出しました。
いじめに加わらない、いじめられている子を庇うのは、
簡単なようでとても勇気のいることだと思います。
それを実行できるとまとさんも、とても素晴らしい方だと思いました。
続き、楽しみに待ってます!

ぽちりと応援も☆

こんにちは。
リンクありがとうございました。嬉しいです♪
今後とも、宜しくお願いしますね。

やはり母は偉大です。先生とお母様のやりとり、私の母親と重なります。続きを楽しみにしていますね。

人権学習の時をおもいだしました
いじめを止める勇気と
セルフエスティームに付いて
・・・・・・・・・・・・・・・
また続きを


「イジメは決して突然始まるものではないのです。」
そうなんですよね!
形になって表れてきたものは ただの結果なので
繕っても終わらない。
まだ見えないところにあるものを変えなくては
形を変えて現れるだけだと思います。
私たちは目が見えると思っているけど
実は視えていないもののほうが多かったりしますねー

神髄をついている

>「学校に行かんでええ、とは言うたけど、勉強せんでもええ、言うた覚えはないからな。」
>「1対1でケンカもできんような、ヘタレな連中に負けても恥やないけど、自分に負けるのは、許さへんで!」
>「家には父親がいませんから、この子は打たれた経験がないんです。甘ったれたマネしたら、遠慮なくしばいてやってください。」

ホンマに本気のお母様は凄いと思います。

学校へ行かなくて良いので遊べると普通は思います。私もそう思います。だけど、学校へ行かん=自分で勉強することとだったんですね(^^;)

こういう、物事の神髄を語ってくれるような親は、私もそうですが、ほとんどいなくなったんじゃないでしょうか。

学校の先生も、私達の頃は、げんこつやらビンタやらの体罰があったし、だけどそれをどうこう言う子供も親もいなかったです。
今はそんなことやろうもんなら、物事の本質を考えることなく体罰教師としてマスコミの餌食ですからね。

状況を考えると、確かにそういうことが起こる環境にあったのかもしれません。誰が悪いとは言えないのかもしれない。親も子も教師も、皆が学ぶ課題だったのかもしれないと思います。

未熟な親ですので、随分勉強になります。

とまと様へ

改めて、1~3まで通読させて頂きました。
お母様の毅然とした態度や、ものの考え方など、
素晴らしいお方ですね。

あなたがいたから 
  わたしがいた
    母さんありがとう

続きを楽しみに致しております。

本当にとまとさんを大事に正しく育てて来られたんですね。
ついまぁいいか。
と子どもを甘やかしてしまいますが、大切なところを親がわからないと子どもは学ぶ事ができません。
常識は時代とともに変わるけれど、人として生きる上で大切な間違ってはいけない事をしっかり認識していかないと!と感じました。
いつもありがとうございます。

うさ奈々さんへ

コメントありがとうございます。
日に日に、訪問者数は増えるのに、コメントと拍手が減って行きます(爆
そんな中、コメントを入れてくれてありがとうヽ(^o^)丿
あまり、昔を思い出して、辛い思いをなさいませんように…

バインさんへ

コメントありがとうございます。
そうなんです。
色んな意味で、スゴイ母でした(苦笑
見習いたいような、逃げだしたいような(^^;
またのお越しを、お待ちしておりますm(__)m

pinoさんへ

コメントありがとうございます。
勇気と言うよりも、無謀だったかもしれません。
そうすればどうなるか…考えてなかったんですね。
知った上で、庇えたら、本当の勇気ある行動だと思います。
お褒め頂き、ありがとうございます。
またのお越しを、お待ちしておりますm(__)m

はっぴぃさんへ

コメントありがとうございます。
こちらこそ、今後とも、よろしくお願いします。
母と先生のやりとり・・・先生には、気の毒でした(^^;
またのお越しをねお待ちしておりますm(__)m

赤岡町とさをさんへ

コメントありがとうございます。
人権学習。
とまと達も、学んだはずなのに、イジメが起こったということは(^^;
身につかなければ、学んだとは言えないですね。
反省。

園長さんへ

コメントありがとうございます。
そうなんです。
イジメは、突然始まったわけでは、ないと思うのです。
母は、目が悪かった分、目に頼らずに、世の中を「観て」いたのかもしれません。
だから、いろんなモノが、観えていたのかも・・・

オバrevさんへ

コメントありがとうございます。
表現は違っても、親御さんはみなさん、お子さんに対して、同じようなことを言っているのだと思います。
そして、子供って案外、忘れないものなんですよね。
その時は、その通りにできなくても。
ちゃんと、親が真剣に言ったことは、心に残っているものだと思います。
とまとは、決して体罰を推奨するわけではありませんが、全く否定するものでもありません。
同じように打たれても、場合によって、相手によって、状況によって、受け止め方はこんなにも違うと言うことを、お伝えしたかったです。
どうやら・・・それは失敗したような気がします(^^;

jushin-nanbuさんへ

コメントありがとうございます。
とまとは、郵便物の宛名以外で、「様」を付けられるのは、苦手です。
どうか「さん」と呼んでください。お願いしますm(__)m

母が亡くなって随分時間が経ちますが、こうして記事にするたびに、
母は今、とまとの中で生きているのを、感じます。
長い話ですが、どうか最後までお付き合いくださいm(__)m

akiさんへ

コメントありがとうございます。
子供は、親の言う通りに育つのではないそうです。
親のする事を見て、育つのだそうです。
時代が変わっても、大切なことは変わらないと思います。
どうぞ、後年子供さんが思い出した時、
格好イイと思えるお母さんで、いてくださいm(__)m

あっぱれなお母さんだとは思っていたけれど。

とまとさん、こんばんは。
茶目太のブログへのご訪問ありがとうございました。私もしばらくぶりに、とまとさんとこへ来ました。
とまとさん、ブログ一周年おめでとうございます。私はまだ二カ月。ひよこです。来年はとまとさんくらい、素晴らしいブログになっていたいなあと思います。
お母さんのお話は特に大好き。話の続きが読みたいです。
ところで、突然ですが、(茶目太の心の中ではちっとも突然ではなかったのですが)一周年を記念して、茶目太のとこのブログとよろしかったら相互リンクしていただけませんか?
私はこれから早速、リンクはらせていただきますね。とまとさんのお母さんととまとさんのやりとり、もっと皆さんに読んでほしい。心がほんわりするから。

茶目太さんへ

コメントありがとうございます。
とまとからも、リンクをさせていただきました。
これらからも、どうぞ宜しくお願いしますm(__)m

お母様のこのセリフ
「1対1でケンカもできんような、ヘタレな連中に負けても恥やないけど、自分に負けるのは、許さへんで!」
素晴らしいです!
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